2014-07-21

「先輩からの手紙」に思うこと 9

先輩からの手紙
「先輩からの手紙」に思うこと 1
「先輩からの手紙」に思うこと 2
「先輩からの手紙」に思うこと 3
「先輩からの手紙」に思うこと 4
「先輩からの手紙」に思うこと 5
「先輩からの手紙」に思うこと 6
「先輩からの手紙」に思うこと 7
「先輩からの手紙」に思うこと 8
・「先輩からの手紙」に思うこと 9
「先輩からの手紙」に思うこと 10

 昨日書いたのだが、個人的な事柄に触れたところ文章が止まらなくなってしまった。やや感情に流されすぎているため、すべて割愛した。次回で一旦終了する予定。

 そして、その厳しい問いかけの中で、真に人類の福利に貢献出来る存在へと脱皮していけるか、それとも既成の諸宗派のように、社会に寄生する存在として、既得権益を守り続け乍らなんとか生きのびるのか、それとも、内紛と分裂を繰り返しながら、夫々にオカルト的小集団へと雲散霧消していってしまうのか、これから十年位の内にその方向はかなりはっきりしてくると思っています。

先輩からの手紙 11

 この手紙は別人に宛てたもののコピーである。書かれたのは1997年。池田vs.阿部紛争を経て、竹入・矢野バッシングをしたことで創価学会の世界宗教としての道は閉ざされたと私は考える。当時、1990年代半ばまで創価学会の世帯数は減少し続けた(※死亡者数が多かったため)。10年間で何があっただろうか。最大の事件は池田が姿を消したことである。しかも会員にすら事情は一切知らされていない。週刊誌などでは脳梗塞と囁かれているが、仮にそうであったとしても姿を見せない以上、長嶋茂雄よりも重篤な症状と思わざるを得ない。にもかかわらずSGI会長が代替わりしないのはSGI組織が実際には機能していない証拠だろう。

 組織的に行ってきたのは自民党との選挙協力と聖教新聞の購読推進(多部数購読)くらいで、それ以外に目立った動きはない。

 特筆すべきは池田が大阪で次期会長の名前を明らかにしたことだ。これが将来にわたって禍根を残すことになるだろう。指名された人物が会長になってもならなくても混乱を招くに違いない。

 創価高校、創価大学が定員割れした時が学会組織崩壊の兆しとなる。今は第二総東京の幹部が必死に何とかしているが。最終的には創価大学OBしか残らないような気がする。ま、その時は創価大学会と名称を変更すればよい。