2012-10-15

たとえ一生祈りつづけたとしても、解脱の彼岸に渡ることはできない


「あなたは、すべてのものを深く見つめる瞑想によって解脱が得られるとおっしゃったが、それでは、儀式も祭事も祈りもすべて無益なのでしょうか」
 ブッダははるか向こうの川岸を指さして言った。「カッサパ、向こう岸に渡りたいと思ったら、どうすればよいでしょうか」
「水が浅いならば歩いて渡ります。そうでなければ、泳ぐか舟で渡るしかないでしょう」
「そのとおりですが、歩くのも泳ぐのも舟を漕ぐのもいやならどうでしょう。こちらの岸に立って、あちらの岸が自分のほうに近づいてほしいと祈ったら、どうですか。そんな人がいたら、あなたはどう思いますか」
「ただの馬鹿だと思うでしょうな」
「同じことではないですか、カッサパ。自分の無知・無明や心の障害物を克服しなければ、たとえ一生祈りつづけたとしても、解脱の彼岸に渡ることはできません」
 突然、カッサパがわっと泣き出して、ブッダの足もとにひれ伏した。「どうか私をあなたの弟子にして、解脱の道を学修させてください」

【『小説ブッダ いにしえの道、白い雲』ティク・ナット・ハン:池田久代訳(春秋社、2008年)】

小説ブッダ―いにしえの道、白い雲

幸せな営み