2017-02-16

長井秀和、清水富美加に創価学会改宗のススメ

韓国のロッテ映画館が横断幕 「日本人の入店お断り」

2017-02-15

大阪弁

 大阪弁がブームなのか?

大阪弁訳 法華経大阪のおばちゃん超訳 ブッダの言葉

コンプレックスと権力



 自我を形成するのはコンプレックスであると私は考える。自己肯定感は大体の場合コンプレックスの裏返しである。池田は自分に金融の仕事をやらさせた戸田を長く恨んだ(『社長会全記録 人間・池田大作の野望』)。その劣等感をバネにして数年で会長にまでのぼりつめた。石田次男を始め、煙たい人物は公明党へ送り込んだ。要職を解かれた人々も多い。石田会長を支持した者はことごとく組織的に抹殺された。ネット上では「学歴コンプレックスから勲章漁(あさ)りをしている」との指摘があるが、学歴コンプレックスの具体的な証言を私は知らない。ただし富士短期大学の卒業論文を書いたのは桐村泰次(後に教学部長)である。トインビー対談も桐村の手によるもの。

安岡正篤




 安岡正篤は「昭和の黒幕」として知られるが、昭和の相談役・社外取締役と言った方が正確だろう。細木数子が無理矢理入籍したのは有名なエピソードである。

2017-02-14

空飛ぶスパゲッティ・モンスター教の戒律


空飛ぶスパゲッティ・モンスター教

 なぜなら、途方もなく巨大な建築物は崩壊の影をすでにして地に投げかけ、廃墟としての後のありさまをもともと構想のうちに宿している、そのことを私たちは本能的に知っているのですから。

【『アウステルリッツ』W・G・ゼーバルト:鈴木仁子訳(白水社、2003年)】

アウステルリッツ

2017-02-13

小池都知事にすり寄る都議会公明党「本当の思惑」とは

沖縄:マスコミが絶対に報道しないプロ市民の実態





誘導する言論

「日本人はとにかく長いものに巻かれる。(中略)戦争中も多くの人はそうだったんだと思うのです。ずるずると流され、ついに国が亡んだ」(中略)

 三四郎に、髭の男は言った。
「亡びるね」

『週刊金曜日』1123号 編集後記 2017年02月10日

 意図的に中略したのは攻撃対象である。フム、政治的に正しい主張(ポリティカル・コレクトネス)だ。しかも弱者に寄り添っている。完璧だ。この短い文章には巧妙な仕掛けがある。発言の女性が創価学会員とは書かれていない。そして公明党に対する懸念を表明しつつ、結論を名作に語らせる。ハハハ、薄汚い手口だね。

 上記発言は創価学会員が語っても共産党員が語ってもおかしくない。戦時中の弾圧を思えば。そして戦後教育に無自覚である人々にとっては受け入れやすい言論だろう。小説『人間革命』も同じモチーフ(主題)で書かれている。

「長いものに巻かれる」のは悪という思い込みが瞳を曇らせる。そして価値観が狂い、判断を誤るのだ。私もかつてはそうだった。青年部時代には「さらば大樹の陰」というスローガンを作ったことがあったよ。農耕という営みを思えば「長いものには巻かれよ」という言葉がある種の知恵であることが理解できる。時季折々の手順、水の共有、農機具の貸し借り、はたまた小口の融資などを行うのが「村」というコミュニティであった。当然ではあるがルールに従わない者は弾き出される。とはいうものの日本人は白人のように残酷ではないから完全には排除しない。たとえ村八分になったとしても火事と葬式に関しては村で面倒をみるのだ。村十分でないことは注目に値する。

 農耕社会にあっては長いものに巻かれた方が遺伝子を後世に伝えられる。この戦略を否定するのであれば、結婚の際に相手の容姿や頭脳、職業や資産を考慮することも否定しなければならない。もちろん健康状態もだ。

 GHQが主導した戦後教育には日本の近代史がすっぽりと抜け落ちている。大東亜戦争を境に伝統は断ち切られ、過去は完全に否定された。日本人がようやく歴史を見つめ直したのは1990年代からで、中国・韓国の反日行動がきっかけとなった。


 明治の日本は不平等条約に苦しんだ。日露戦争は有色人種が初めて白人を敗北させた壮挙であった。そして三国干渉以降、日本国民は臥薪嘗胆(がしんしょうたん)を合言葉に復讐の機会を待つ。日本は国際連盟の常任理事国であったが満州事変を否定されて脱退する。帰国した松岡洋右全権を国民は歓呼の声で迎えた。このような歴史的経緯を振り返れば、とてもじゃないが「ずるずると流され、ついに国が亡んだ」とは考えにくい。

 創価学会や共産党が信用ならないのは「誘導する言論」に原因がある。自分たちは正しい、自分たちは答えを知っている、との姿勢から発せられる言葉は対話ではない。相手をコントロールしようとするだけの詐術であろう。そして世間の価値観を否定した革命勢力が自分たちの権威に額(ぬか)づく姿は「別の長いものに巻かれている」だけのことである。所詮、徒党と言っておく。