2016-09-23

多文化共生は無理



2016-09-22

『よくわかる仏法用語』

 これは頼み方がよくない。「第三文明社、1992年」以外の版であれば刊行年を記すべきだ。国会図書館にも改訂版は見当たらない。


先輩からの手紙

よくわかる仏法用語

考えるヒント

 日蓮の文字マンダラについて述べる。尚、ブログ内検索の都合上、片仮名表記としていることを付け加えておく。

 文字マンダラが表現しているのは虚空会の儀式であり、宝塔~二仏並座~付属が示されている。書かれているのは主題を囲む神仏の名前と十界の衆生である。法華経の見宝塔品第十一~嘱累品第二十二を構成する(PDF「法華経概略図/虚空会の儀式」)。

 儀式を「見て」悟れるのか? 塔を「見て」悟れるのか? そもそもブッダが法華経を書いたわけではない。成立年代に関しては諸説紛々の状況が続いている。

 法華経は一度しか読んだことがないので記憶にないのだが、虚空会ギャラリー全員が悟ったというストーリーにはなっていないはずだ。マンダラを見て悟りが得られるのであれば、参加者は悟っているとの前提が必要である。

 そして当然すぎるほど当然だが目の不自由な人にマンダラは意味をなさない。つまりマンダラは視覚情報を伝えるものでしかない。日蓮にとって出世の本懐が虚空会の図案化であったとすれば、悟りからは懸け離れているように思われる。

 前にも書いたが私の父は「我が身宝塔なり」と覚知した経験があるのだが、具体的なことは「ゆっくり題目をあげろ」としか言わなかった。父に目立った変化は感じられなかったが、小さな出来事に強くものを感じるような言葉を発するようになった。

 悟りとはそんなレベルではない。悟った瞬間に世界は一変する。そこから独特の表現やスタイルが生まれる。

 日蓮は「観心の本尊」と説いたが、後期仏教(いわゆる大乗)のテキストを解釈し直しただけで、新しい光を放ったようには見えない。そもそも悟った者がテキストに依存することはないのだ。悟りとは諸法無我を悟るのだ。ブッダと肩を並べようとする日蓮の姿勢(三国四師)に悟りの輝きを感じることは難しい。

 ニルヴァーナ(涅槃)とは情報の否定である。煩悩といっても情報の入力と反応(出力)なのだ。無記もまた情報の否定といってよい。真理とは必ずしも答えではないのだろう。

 創価学会の教学は通俗的だ(文字曼荼羅 6 相貌について先生の指導)。しかしながらマンダラに囚われすぎるとテクニカルな落とし穴にはまってしまう(自我偈随想 第十三  浄土の人々 二佛並座の成立とその意義 前段)。

 現世安穏後生善処というキーワードも通俗に傾いている。たぶん鎌倉時代に貨幣経済が発達し始めたことと関係しているのだろう。

 日蓮のマンダラは「読む」から「見る」への転換であった。確実に言えることはそれくらいだ。悟りとどう結びつくのかはわからない。

日蓮の文字マンダラ

異論を唱える者は排除される

会社がバブル形成に向かって大儲けしている時に、異論を唱えたり、警鐘を出すディーラーは首になる。

バブルや、通貨危機、ロシア危機など、金融機関が右に倣えで大儲けしている時、多くを見てきたベテランは懐疑的になる。そして、会社やチームで浮いた存在となり排除される。バブルが繰り返されるたびに、そうしたまともなディーラーがいなくなり、バブルの崩壊で残りのディーラーもいなくなる。そして、誰もいなくなったのが証券、金融界だ。

サブプライム危機の再来に備えよ! リーマン・ショックの真相(後編)=矢口新

 出る杭は打たれる。本当であれば、いくつかの出る杭が確認された時点で建物自体を改造・拡張すべきなのだ。社会には異質なものを排除する機能がある。これは洋の東西を問わない。しかし日本におけるコミュニティ性の限界には顕著な特徴がある。例えば明治維新で尊皇の精神を樹立した会津藩が賊軍とされた経緯。あるいは明治から昭和に至るまでの藩閥。そして二度の大戦に渡る海軍と陸軍の確執。近代以降を俯瞰すれば権力主体は侍~軍人~官僚とシフトしてきた。政治の主導性は殆ど見られない。辛うじて大東亜戦争敗戦後に国体を護持するために吉田茂が抜きん出たネゴシエーションを発揮した程度である。この問題を照射した人物は私が知る限り小室直樹ただ一人である(『危機の構造 日本社会崩壊のモデル』ダイヤモンド社、1976年)。

 矢口新〈やぐち・あらた〉は為替・債券ディーラーで名文家として知られる。『生き残りのディーリング』(東洋経済新報社、1990年/改訂版、パンローリング、2001年)はプロの教科書であった。そんな彼が今頃になってのこのことネットに登場し、有料情報で商売をする姿は見たくなかった。

信者とは


 信者は誰かが決めた「敵」を憎み、罵る。自分は会ったことすらないという事実を見逃しながら。日本で最大の信者を擁するのは創価学会、日本共産党、エホバの証人と考えられる。人々の憎悪を扇動することができるのだから、望むと望まざるとにかかわらず信者はファシズムを形成する。

2016-09-20

あなたが知らない日本共産党の正体

ナイラ証言



Wikipedia

2016-09-19

自民党にも伝染した「除名」

――都知事選の時に、自民党東京都連が出した文書についてどう思われましたか。

小泉純一郎:「小池百合子候補を現職議員の親戚を含めて応援したら除名」だと書いてありましたが、呆れましたね。新聞記者と会った時に「あの通達はひどいじゃないか」「俺が小池さんを応援したら、進次郎は除名するのか」と話しました。
 前回の都知事選では、自公推薦の舛添要一さんではなく、私は細川護煕さんを応援しました。でも、今回のような話はありませんでした。「自民党は増田寛也候補を推薦しているから応援をお願いします」という文書ならわかりますが、「それ以外の候補を応援したら、現職議員の親戚が応援しても除名をする」というのだよ。笑ってしまったよ。仮に私が小池候補を応援したら、進次郎を除名できるのか(笑)。よく自民党はあんな通達を出したな。どうかしているのではないか。

小泉元首相も呆れた! 「都知事選時の自民党東京都連はどうかしている」

除名が静かなブーム(笑)」でも紹介した通りである。昨今、コーポレート・ガバナンス(企業統治)なる言葉が持てはやされているが、内部統制の乱れは働く動機と帰属意識の乖離(かいり)に要因があると思われる。組織として意思統一を強いる行為自体が既に組織の弱体化を示すもので、除名という強硬さはどこか子供染みていて、かつての共産党を彷彿とさせる。

 小池氏は現職衆議院議員だったが、自民党の推薦は得られなかった。その小池氏に対し、自民党東京都連は7月11日、「都知事選挙における党紀の保持について」と題する文書を党員に配布。党として増田寛也氏を推薦するとした上で、他候補を応援することを禁じた。あて先は、「地域総支部長・選挙区支部長殿、各級議員殿」で、文書の発行者は「自由民主党東京都支部連合会会長 石原伸晃氏、幹事長内田茂氏、党紀委員長野沢太三氏」だ。

推薦外の候補支援を禁じた自民党都連の「脅迫状」

 除名という処分は戦時中における非国民と同じ心象から為される。仲間から外し、敵認定することで、相手から集団の利益を奪う狙いがある。「君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず」という。創価学会も自民党も除名をちらつかせることで小人をつくろうとしている。組織の神経症的な反応の裏側には、統治能力を欠くことに対するストレスが窺える。最初から指導・説得を放棄しているのだから、リーダーは不要で官僚がいれば組織は回るとでも思っているのだろう。

 自民党は除名という言葉で党員を脅して都知事選に敗れた。一方、創価学会には残念ながら民意を反映する機会がない。