2016-12-12

ポリティカル・コレクトネスの落とし穴





 偶然見つけたツイートである。批判することに目的があるわけではなく、ものの見方を広げる参考にしてもらえば幸いである。

 アメリカの大統領選挙を通してポリティカル・コレクトネスなる言葉が聞かれるようになった。トランプ候補による人種差別的印象の強い発言を巡って知識人の間で反トランプ現象が起こった。ポリコレは「政治的に正しい」言説を意味するわけだが、人権や平等といった価値観の色合いが濃い。

 冒頭に掲げたツイートの誤謬(ごびゅう)はギャンブルと依存症の混同にある。ギャンブルはきっかけであって問題は依存症にある。私はギャンブルとは無縁だが、むしろ公権力がギャンブルを支配しギャンブルをする自由を奪っていることや、暴力団がギャンブルを資金源にしている事実を問題視する。

 依存症は千差万別である。アルコール依存症をなくすためにアルコールの販売を禁止すべきだろうか? トレード依存症をなくすために一般人のマーケット参加を禁止にすべきだろうか? もっと広げて言ってしまえば「一人の命が地球より重い」なら、交通事故死を防ぐためにクルマを廃止すべきだという声が上がらないのはなぜか?

 大体、依存と言えば宗教こそその最たるものだろう。依存心があれば題目依存症・教学依存症・本尊依存症・組織依存症・役職依存症・師匠依存症になることは明々白々である。

「正しい」と思った瞬間に思考は止まり、懐疑は失せ、正義はドグマとして機能する。正義は反対意見を許さない。ソ連や中国では「正義の名の下」に大量の同胞が殺戮(さつりく)されてきた。正義は人を裁き、そして殺す。

 控除率を考えれば宝くじこそ詐欺の最たるものだ。

図録 賭事・ギャンブルゲームの控除率(テラ銭の割合)