2015-11-06

周恩来・竹入義勝対談

 こうして竹入は、いわば“手ぶら”で訪中するのだが、待っていたのは中国側の意外な厚遇だった。当時の首相・周恩来が直々に竹入と会談。国交正常化のための中国側の条件を詳細に伝えてきたのである。

 周は日本に台湾との関係清算は求めたが、そのほかの懸案事項、たとえば日米安保体制や尖閣諸島の領有権などに深くこだわる気はないと明言。特に日中戦争の戦時賠償金を求めるつもりはないと言い切ったことは竹入に大きな衝撃を与えた。

 当時、日中国交正常化交渉となると中国側は巨額の戦時賠償金を求めてくるだろうと、日本の政界関係者は予想していたからである。

 帰国直後の8月4日、竹入は周恩来との会談内容について記したメモを、田中のいる首相官邸に持参。居合わせた外相・大平正芳は興奮した様子で「これ、頂戴します」と言ってポケットに入れ、外務省へ飛んで行った。翌日に詳細な会談記録を渡しに来た竹入に、田中はこう言った。

「このやりとりは間違いないな。お前は日本人だな」
「正真正銘の日本人だ」
「わかった。中国へ行く」

 田中は翌9月に訪中。1978年8月の日中平和友好条約締結に向け、事態は一気に動き出す。

『SAPIO』2015年12月号

 創価学会は竹入義勝の功績をなきものにしようと企(たくら)んでいる。宗教とは狭量の異名か。

明治維新に関する覚え書き

 私は菅沼光弘の著作を読んで日本の近代史に興味を掻き立てられた。それはマッカーサーによって書き換えられた大東亜戦争の真実を知るために他ならなかった。近代とは文明化(西洋化)と国家観の確立である。あれこれ読んでいるうちに明治維新までさかのぼらざるを得なくなった。

 明治維新を読み解く鍵は会津戊辰戦争にあると思われる。孝明天皇の意を汲んだ会津藩がなにゆえ逆賊とされたのか? そして直近まで賊であった長州藩がどうして官軍となり得たのか?

 会津戦争といえば白虎隊の悲劇が知られるが、薩長軍の虐殺・強姦は熾烈(しれつ)を極めた。挙げ句の果てには遺体の埋葬も許さなかった。領土を失った会津は斗南(となみ/青森県下北半島)に追いやられる。そこは寒さ厳しい不毛の大地であった。往時を綴った『ある明治人の記録 会津人 柴五郎の遺書』(石光真人、1971年)は涙なくして読めない。

 その虐殺・強姦・放火を命じたのは薩摩の西郷隆盛であった。

 会津戦争に関する本はもともと多いが、昨今、明治維新を捉え直そうとする動き(=司馬史観からの脱却)が顕著になっている。原田伊織は吉田松陰以下門下生を「ただのテロリスト」と断じる(『明治維新という過ち 日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト』2012年)。また明治維新において下級武士や農民が活躍できたのはフリーメイソンによる資金援助があったためとの説もある。坂本龍馬はグラバー商会の手先にすぎなかった(『龍馬の黒幕 明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン』加治将一、2009年)。苫米地英人は薩長をイギリス・ロスチャイルド家が、そして幕府をフランス・ロスチャイルド家が支えたと指摘する(『洗脳支配 日本人に富を貢がせるマインドコントロールのすべて』2008年)。どちらが勝ってもロスチャイルド家の利益になるというわけだ。

 日本の近代化が薩長の謀略(偽勅)で成し遂げられ、薩摩閥・長州閥がそれぞれ帝国陸軍・海軍となって日本を大東亜戦争という歴史にいざなった、と原田伊織は主張する。

 少し話の方向性を変える。明治維新における神仏分離と廃仏毀釈が国際舞台で戦うための「精神の内燃装置」(『神々の明治維新 神仏分離と廃仏毀釈』安丸良夫、1979年)を目指したものであるならば、それを伊藤博文が西洋の神に対抗し得る基軸として天皇を憲法の中心に据えたと考えることができよう(国民の歴史』西尾幹二、1999年日本人のための憲法原論』小室直樹、2006年)。

 中西輝政が「日蓮宗は新しいかたちの神道ではないか」との仮説を立てている(『日本文明の主張 『国民の歴史』の衝撃』2000年)。大東亜戦争前夜に日蓮主義者が日本を揺るがした(血盟団事件五・一五事件二・二六事件など)ことを思えば、皇道と日蓮思想に親和性はあると考えられる。その一つの精華が国柱会(立正安国会)であったのではないか。

 天才戦略家と謳われた石原莞爾〈いしわら・かんじ〉も国柱会の一員であった。『石原莞爾 マッカーサーが一番恐れた日本人』(早瀬利之、2013年)を読むと、創価学会二代会長の戸田城聖すら小者に思えてくる。石原は「俺をA級戦犯にしろ!」と叫び、東京裁判でアメリカを糾弾しようと目論んでいた。

 で、本題に戻る。仮に明治維新~大東亜戦争が薩長による欺瞞の歴史であったとしても、明治維新に決定的な影響を及ぼしたのは水戸学である。それゆえ水戸学が台頭した際に水戸藩の日蓮系教団がどのような動きをしたのか。これが一つのテーマになり得るのではないだろうか。

 日蓮の遺文を見る限りでは日蓮による天皇批判は記憶にない。

 最後になるが私は会津藩の悲劇は「真面目に生きた者は滅びる」様相を示しており、藩という部分観を超えられなかったところに最大の原因があったように思う。松平容保〈まつだいら・かたもり〉はあまりにも愚直すぎた。しかしその愚直は現代にまで美しい光を放っている。

【付記】現在に至るまで首相の出身県(生まれではなく立候補地)は鹿児島(薩摩)・山口(長州)が最も多い。安倍首相も山口県選出である。

2015-11-05

創価学会との繋がり、覚醒剤所持に、清純派アイドルとの不倫愛……etc. 悪漢プロデューサーの爆裂人生!!

 本書の面白さは、西崎が手掛けたアニメ作品の評論には誌面を割かずに、創価学会との繋がりや暴力団と交流があったなどの実話系雑誌好みのエピソードをふんだんに盛り込んでいることにある。創価学会で暗躍した山崎正友弁護士とも太いパイプを持っていた西崎は、テレビシリーズの再構成にすぎなかった『ヤマト』を全国の映画館で上映するために、創価学会系の団体「民音」で前売り券を30万枚さばいてもらった。また、住吉会系の組長の葬儀に西崎は100万円の香典を届けたなど、アニメ史の裏側が明かされ、ページをめくる手が止まらなくなる。(長野辰次

「宇宙戦艦ヤマト」をつくった男 西崎義展の狂気

2015-11-03

カルト教団禁断の性生活・集団生活の実態



神格化と謗法の同時並行

『池田大作が、昭和49年から52年にかけて行なった〃謗法行為〃は、〃本尊模刻〃の他にも、ざっと数え上げて次のようなものがある。

一、白檀の数珠の大玉に、「常」「城」「大」と刻み込ませたものを、それぞれ、牧口門下生、戸田門下生、池田門下生の首脳達に与えた
二、大聖人・日興上人のマネをして〃弟子分帳〃を作り、幹部の名前を記入し、造反した者の名前には線を引いて、「叛(そむ)きおわんぬ」と書く。すると、その者は地獄に堕(お)ちて、二度と人間に生まれない、などと言って脅(おど)した。
 また、「弟子証」を発行した。原島嵩氏は新弟子の第一号であり、私も若い番号の弟子証をもらった
三、塔婆供養のかわりに池田大作が書いた「慧光照無量」の紙を与えて先祖供養をさせた。
 また、会員が寺院に行くのを阻止(そし)するため、会館で七・五・三や結婚式などの行事・儀式・法要、勤行会を盛んに行ない、寺院から典礼を行なう機会を奪(うば)うことを企(たくら)んだ。寺院がなくても、創価学会だけでやっていけるように、との布石である
四、本来、〃供養は、僧侶以外受けられない〃はずなのに、〃在家も供養を受けられる〃と宣言し、〃御供養だ〃といって、会員から一千億円近い特別財務金を集めた
五、御観念文を改ざんした経本や、数珠を勝手に作り、開眼の御祈念も経(へ)ずに販売した
六、東京都目黒区にあった、〃目黒文化会館〃を、御本尊ごと「財団法人公明協会」を経て「有限会社拾伍」に売り払い、営利目的の結婚式場とした等々。

 そして、これと併行して、池田大作を〃本仏〃として祭り上げるための、規則改正の準備作業が、断続的に行なわれた。
 昭和52年8月4日の副会長会議に出席した原島嵩氏のメモが私の手元に現存するが、それによれば、規則改正案として、
「一、会則と規則の二本立てとする
 二、牧口・戸田・池田について、永遠に変わらない、創価学会の原点と定める。
 会長は任期制とするが、池田大作は〃創価学会根本師〃〃大師範〃等、それを超えた立場とする」
 等のことが検討されている。

山崎正友『あの頃のこと』慧妙2004年2月16日号

 ブログ主様へ、入手困難な情報のため長文の引用となったことをご容赦願いたい。山崎の一連の手記『池田大作日本経済乗っ取りの野望』には掲載されているのかもしれない。

 池田の神格化と謗法が同時並行で露見したのも偶然ではないだろう。肥大した自我が権力を志向したものと考えられる。

 人間の脳は見たいものしか見ない上に見たくないものは無視できる。「誤った信念は決して非合理性が生じるのではなく、合理性の欠陥から生じるのである」(『人間この信じやすきもの 迷信・誤信はどうして生まれるか』トーマス・ギロビッチ、1993年)。知性は客観的な位置で働く。一歩後ろに下がっただけでも、それまで見えなかったものが驚くほど浮かび上がってくる。

人間この信じやすきもの―迷信・誤信はどうして生まれるか (認知科学選書)

創価学会の師弟論 その二

創価学会の師弟論 その一
・創価学会の師弟論 その二

 大事なことを書き忘れていた。日蓮の師弟論が従藍而青(じゅうらんにしょう/藍よりして而も青し)であるのに対し、創価学会は本質的に主従論のレベルで師弟を語っている。武道や芸術・学問の世界においてすら師を越えゆく方向性は決して珍しいものではない。アリストテレスはプラトンのイデア論を否定した。師弟論という次元で見ても師弟不二との概念は邪道であると思われる。

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偽りの明治維新―会津戊辰戦争の真実 (だいわ文庫)文庫 ファストフードが世界を食いつくす (草思社文庫)決定版 三島由紀夫全集〈36〉評論(11)

2015-11-02

創価学会の師弟論 その一

・創価学会の師弟論 その一
創価学会の師弟論 その二

 創価学会の師弟論は日蓮が説いた「信」をそのまま会長-会員間に当てはめたものである。後に日蓮正宗より「池田大作本仏論」と指弾され、池田は会長辞任に追い込まれる(1979年)。

 この若い革命家の「妙法への帰命」という理念は、具体的実践でいうならば、稀有の師への帰命、すなわち「戸田城聖への帰命」でなければならぬことを、彼は知ったのである。

【『人間革命』第3巻 「結実」/聖教新聞社、1967年】

 この文章は以下のように書き換えられる。

 この若い革命家の「妙法への帰命」という理念は、具体的な実践でいうならば、希有の師と一体となっての「妙法への帰命」であることを、彼は知ったのである。

「革命は死なり」の件(くだり)である。

 1978年6月30日付の聖教新聞に「教学上の基本問題について」が掲載される。

一、この若い革命家の「妙法への帰命」という理念は、具体的実践でいうならば、希有の師への帰命、すなわち「戸田城聖への帰命」でなければならぬことを、彼は知ったのである。(後略)(中略)妙法広布の大願に身命を削る戸田前会長と生死を共にしていくとの、生命の奥底からの深く厳しい決意にたった実践。これが山本伸一青年の「革命は死なり」という意味であった。

(福島源次郎講義「小説人間革命第3巻に学ぶ」聖教新聞49年11月8日付)



一、まさしく、現代における“人”への帰命とは師匠への帰命であり、池田会長への帰命となる。また、池田会長が大聖人の御書を寸分違わず、身に移し実践されていることから考えても、必然的にそうなるのである。

(村野宏論文「ひのくに」10号)



一、戸田先生のとらえ方が、“希有の師”なのです。“希有の師”という言葉が初めて出てきたのです。「希有の師への帰命」ということを、御義口伝をひっぱり出して読んだのです。いずれにしても、これはついていくというようなものではない。師弟不二だから、生命次元の問題だ、と。

(福島源次郎談「潮流」第9号)

教学上の基本問題について:四、帰命・主師親三徳・大導師・久遠の師

 牧口・戸田が同様の師弟論を説いたことはない。まして仏教に師弟不二といった概念は存在しない。「戦略としては十不二門(じっぷにもん)に準拠するようなイメージ作りであったのだろう」(師弟不二と依法不依人について)。

 日蓮自身もやはり密教の影響は免れ得ず「人本尊」という概念を示した。ブッダの教え(初期仏教)に仏への帰依はない。説かれたのは自帰依・法帰依のみである。

 日蓮が説いた「信」はバクティ(信愛)であった(日蓮が説いた「信」)。そのヒンドゥー教的臭みが人々を隷属させる方向へいざなうことは必定であろう。

 まして池田は悟達に至っていないことを明言しているのだ。

 たまたま信濃町を歩いていたときに、池田から声をかけられ、そのまま若手本部職員対象の御書講義に参加させていただいたことがあった。そのときの教材が『諸法実相抄』であり、たまたま戸田城聖の獄中の悟達の虚空会の儀式の神秘体験の話題になったとき、池田ははっきりと自分にはそんな体験はないと明言した。

『本尊問答抄』について(5):宮田幸一のホームページ

 既に創価学会の言論は仏法を巡るものではなく、師匠を中心に据えたものに変質している。会則では「三代会長を永遠の師匠」と謳い上げた。もはや「神」の領域にまで高められたいっても過言ではあるまい。ツイッター上では「永遠様」との揶揄(やゆ)が散見される。

 個人的には宗教と科学は時間論を通して融合すると考えている。相対性理論が時間の絶対性を葬り、量子力学が時間の連続性すら否定する。時間は重力によって変化し、現在性において揺らぐ。物理学の世界では相対性から現在性へと明らかに視点が高まっている。

「永遠」というのは概念であって実際に存在するものではない(永遠に関する考察)。観測者がいなければ時間は流れないのだ。

 バクティ(信愛)を知るには、やはり『ヴァガバッド・ギーター』を読むのが望ましい。

バガヴァッド・ギーター (岩波文庫)バガヴァッド・ギーターの世界―ヒンドゥー教の救済 (ちくま学芸文庫)神の詩―バガヴァッド・ギーター (TAO LAB BOOKS)世界の名著 (1) バラモン教典 原始仏典  (中公バックス)

2015-11-01

善行

 善行は人種・宗教の違いを超える。タイのCM。


 タイは感動的なCMが多い。以下も。





精神疾患と学会活動について





 まず、「バリ活」などという言葉づかいが気に入らない。創価学会の文脈で語れば「バリバリ活動」することは「戦う」ことを意味しないし、まして勝利とは関係がない。私は青年部時代、傍(はた)から見れば阿修羅のように戦ったが、自分では「普通」としか思っていなかった。ネット上では口程にもないネトガクどもが利(き)いた風な小賢しい言葉を羅列している。

 私はよく「クソみたいな活動してんじゃねーぞ」と言った。私にとって「活動」という言葉は「ごっこ」に過ぎなかった。同じ姿をしていても学会活動と組織闘争は異なる。

 前置きが長すぎた。学会全体を論じる場合に精神疾患と学会活動の相関性に注目するのは構わない。ただ、あまりにも被害者面(づら)する連中が多すぎやしないか? 活動はするもしないも自由だ。ま、実態としては「させられている」連中が多いことは否定しないが、それでも二十歳(はたち)を過ぎた大の大人が、自分の判断力の低さを省みることなく、学会組織に責めを追わせる姿勢は浅はかと言わざるを得ない。

 ツイートの彼女がそうだということではなく、私は何となく嫌な匂いを感じたまでだ。

 では最新科学に基いて解説しよう(笑)。実は「他人に影響されやすい遺伝子」が発見された。変異型COMT遺伝子がそれである。ドーパミンの代謝を司る遺伝子で意思決定との相関性が明らかになっている(『世界は「ゆらぎ」でできている 宇宙、素粒子、人体の本質』吉田たかよし、2013年 )。というわけで、恨むなら自分の遺伝子を恨め(笑)。

 子供が心の病となって問いかけているのは「親の生き方」そのものである。ストレス耐性の低い親であれば、何をやったとしても子育てが疎(おろそ)かになることだろう。

 ただし私の経験則から申し上げれば、若くして大B担、地区担(ま、昔の話だ)となった婦人部は児童虐待の傾向が明らかに強い。私の母もそうだった。

世界は「ゆらぎ」でできている 宇宙、素粒子、人体の本質 (光文社新書)

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