2015-05-01

池田大作について

中杉 弘のブログ

 中杉弘という人物の情報が少ない。石田次男と交流があったようだ。

 最後の部分で「宗教団体が衆議院に出る事も間違っています。戸田先生は『絶対に衆議院には出るな!』と言われていました」と書いてあるが、これは完全な誤り。戸田城聖は水滸会の会合では衆議員進出を明言している(『創価学会と「水滸会記録」 池田大作の権力奪取構想』山崎正友、第三書館、2004年、P64)。

2015-04-30

創価学会の知られざる歴史「池石戦争」

 改竄された歴史は時を経て正される。粉飾された建築物の骨組みが露(あら)わになるようなものだ。私も知らなかった。先ほど偶然見つけたものだ。

1960年3月30日 戸田の三回忌法要を前に、戸田会長から「池田大作に創価学会を継がせるように」との遺言があったと主張。池田を支持する青年部を中心に池田会長就任に反対する幹部や戸田の遺言に懐疑的な幹部を数の力で圧倒。

1960年6月 理事で参議院議員の石田次男を会長に推す幹部が、学会内に別組織「顕徳会」を立ち上げた。顕徳会の意志に池田会長就任に反対する幹部や戸田の遺言に懐疑的な幹部など約200名ほどが賛同。また約15万世帯の会員が池田会長就任に反発し創価学会を脱会した。

池田大作→会長就任以降

池石戦争

 創価学会の副会長クラスでも「一部幹部の間で石田次男を会長に推す声があった」という程度の認識しかない。私もそうだった。石田が戸田門下生の表看板であったのは確かで、学会認定の歴史を辿ってもわかる。権力を巡る政争が仏教の歴史なのかもしれない。

 池田の後継神話は既に龍年光の証言(第三代会長の指名はなかった)で崩壊している。オフレコ指導で散々繰り返されてきた戸田とのエピソードも創作の可能性が高い。主要な牧口門下が死去した現在では確認することも難しい。清濁併せ呑んだ彼らが守ってきたものは何だったのか。信仰よりも組織を重んじた瞬間から全てはプロパガンダと化す。

 ひとつ解せないのは、それでもなお石田が創価学会にとどまった事実である。彼が学会と袂を分かつのは1978-79年(昭和53-54年)頃だと記憶する。

【付記】Wikipediaには「創価学会への入会後から1年にも満たない時期に、当時の創価学会会長の戸田城聖から教学面の理解の高さを買われ、『折伏教典』の第一章「生命論」の執筆を命じられた」(石田次男→人物)とある。

2015-04-29

ついに司法も創価学会の"脅迫"を認定!

 これら発言の意図は、原告の供述等からも必ずしも明らかではないが、客観的には、被告矢野の家族がどうなるかは被告矢野の行動次第であるといった、被告矢野の不安・心配を煽(あお)るような発言である、といわざるを得ない。そうすると、原告らの発言から、被告矢野が、息子ら家族に危害が及ぶ恐怖を感じたことが認められ、原告が「あなたは息子がどうなってもいいのか」といった趣旨のことを言って被告矢野を脅迫したという点は、真実であると認められる。

1審判決文

 創価学会副会長・谷川佳樹による脅迫行為である。

「被告森井は、2回にわたり原告(※矢野氏)に対して『土下座しろ』と迫(せま)り、被告谷川は『人命に関わるかもしれない』『息子さんは外国で立派な活動をしている。あなたは息子がどうなってもいいのか』という趣旨のことを言って原告を脅迫した」(『週刊新潮』記事)。

 谷川の発言は「殺害予告」と受け止められてもおかしくない。こんな人物が次期会長になったらどうなるのだろう? ま、世界平和の旗は下ろした方がいいだろうね。

2015-04-28

歴史的分岐点において後世の人々に評価され感謝されるような選択を

 牧口常三郎初代会長が戦争に反対して捉えられ獄中死した創価学会にとって、戦争は「会長のかたき」ではありませんか。その創価学会を基盤とする公明党が「戦争立法」の手伝いをするなどということがあって良いのでしょうか。

五十嵐仁(元法政大学大原社会問題研究所教授・所長)

 五十嵐仁〈いがらし・じん〉は「大左翼の結集を呼びかける」人物である(連帯・共同21 2013年4月5日)。大衆運動にも労働運動にも失敗した左翼は、時折こうした秋波を創価学会に送る。ま、彼らの都合で論じているだけのことだが。

 引用した記事全体も実に稚拙な安倍首相批判だ。左翼の拙さは安易な理想を信じるところから生まれるのだろう。そもそも天皇打倒を目指す彼らが現行憲法を擁護する姿勢に矛盾がある。もともと日本共産党はコミンテルン(第三インターナショナル)の日本支部として誕生した。ま、ソ連の手先といってよい。

 最近になって知ったのだが、日本人のシベリア抑留(65万人の被害者)においても徹底した赤化(せっか)洗脳が施された。岸壁の母が立つ舞鶴港に引き揚げてきた抑留者の多くは赤旗を振っていた。

 誓約引揚者の中で最大の大物は瀬島龍三(元伊藤忠商事会長)である。彼はスリーパーとして出世するまでは動かなかった。瀬島の関与が噂された大きな事件が東芝機械ココム違反事件であった(詳細は佐々淳行著『インテリジェンスのない国家は亡びる 国家中央情報局を設置せよ!』を参照せよ)。

 大原社会問題研究所つながりで研究員の野村一夫も次のように書いている。

 これがわかりにくいのは当然である。私も公明党の動きをかなり批判的に捉えていて、つてをたどって「安保法制議論からの離脱、与党からの離脱」の呼びかけのメールを関係者に送ったほどである。それは人づてに北側氏にも届いているそうだ。おそらくこのような批判は支持者からも猛然と届いているはずである。支持団体の創価学会や創価大学などの大きな関連組織がそれぞれの立場で声明を発表してもよさそうなものなのに、なぜか動く気配がない。公明新聞や聖教新聞には何か書いてあるのかもしれないが、少なくとも一般のニュースには載っていない。これはこれで思考停止状態と言ってよい。この思考停止状態は池田名誉会長の病状に関係があるのではないかと思う。つまり「鶴の一声」がないから動けないのではないか。

抵抗のレイヤーに関する中間考察(安保法制協議をめぐって)

 野村はソキウス(Socius)という個人サイトで知られる。聖教新聞にも何度か登場している。創価大学出身であったような覚えもある。実は過去に某出版社の忘年会で同席したことがある。しかも隣の席に(笑)。当然、向こうは覚えていないと思うが、私もその場では「あの野村一夫」だとは認識していなかった。

 いずれにせよ安倍政権批判は、東京裁判史観に毒された日本人の平和ボケと断ずるものである。戦争もできないような国家が独立国であるはずがない。日本の外交が弱いのも軍事力という裏づけを欠いているためだ。

 マッカーサーは共産党員を獄から放ち、更に日教組まで組織させた。GHQによる分割統治は現在に至るまで続いている。私は昨年から日本の近代史に関する書籍を30冊ほど読んできたが完全に目が覚めた。日露戦争と大東亜戦争がアジアに与えた影響は計り知れない。日本は戦争に敗れたが、結果的にヨーロッパの植民地となっていたアジア諸国を解放したのだ。


牧口が戦争に反対した事実はない

2015-04-27

趙高

 呼吸の困難をおぼえた始皇帝は、中車府令(ちゅうしゃふれい)の趙高を呼び、
「璽書(じしょ)を為(つく)れ」
 と、命じた。中車府令がほかの者であったら、歴史はちがったものになっていたであろう。項羽と劉邦、それに田横も、歴史上の人物にはなりえなかったにちがいない。

【『香乱記』(一)宮城谷昌光(新潮文庫、2006年/毎日新聞社、2004年)】

「中車府令」とは宮中の車馬を管理する長官である。始皇帝の行く先を把握するわけだから側近中の側近といってよい。天子の印(玉璽)が押してある文書を「璽書」というが、ここでは遺書を意味する。

 長子の扶蘇(ふそ)に葬礼を命じる内容であった。そのまま遺書が渡されれば、必然的に扶蘇が皇帝の座を継ぐこととなる。趙高(ちょうこう)は恐るべき陰謀を目論んだ。何と始皇帝の遺書を改竄し、末子の胡亥(こがい)を後継者として担ぎ上げる。丞相の李斯(りし)もこれに加担せざるを得なくなる。

 歴史の歯車は動きを変え、楚漢戦争に向かって回転を始める。

 日蓮遺文にも「趙高が国をとりし、王莽(おうもう)が位をうばいしがごとく」とある。

 現在の創価学会でいえば、長谷川・八尋あたりが趙高になる可能性が高いと思われる。

香乱記〈1〉 (新潮文庫)香乱記〈2〉 (新潮文庫)香乱記〈3〉 (新潮文庫)香乱記〈4〉 (新潮文庫)

2015-04-26

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香乱記〈1〉 (新潮文庫)香乱記〈2〉 (新潮文庫)香乱記〈3〉 (新潮文庫)香乱記〈4〉 (新潮文庫)
砂男/クレスペル顧問官 (光文社古典新訳文庫)ユゴーの不思議な発明(文庫) (アスペクト文庫)昔には帰れない (ハヤカワ文庫SF)無意識の証人 (文春文庫)
生命を進化させる究極のアルゴリズムザ・クオンツ  世界経済を破壊した天才たちチャートで見る株式市場200年の歴史 (ウィザードブックシリーズ)きっちり儲けたい人のFXチャートの鉄人 必勝分析術

断念