2015-02-28

日蓮が説いた「信」

 日蓮が説いた「信」はバクティ(信愛)そのものであり、ヒンドゥー教回帰と考えてよい。

二仏並座は『バガヴァッド・ギーター』のパクリ

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日本の敗因―歴史は勝つために学ぶ (講談社プラスアルファ文庫)戦後日本を狂わせたOSS「日本計画」―二段階革命理論と憲法ヒトの見方 (ちくま文庫)

五井昌久

 五井昌久〈ごい・まさひさ〉は白光真宏会(びゃっこうしんこうかい)の開祖。不思議な口笛を吹く。


 音声を消してしまえば、創価学会の座談会と同じ光景に見える。とすると宗教の違いは「言葉」にあるのだろう。つまり宗教とは言葉である。しかし「悟り」は言葉ではない。

2015-02-26

高濱正伸


















 面白かった。頭のいい人は閃きを与えてくれる。塾の数が増えるのも納得できる。需要と供給。創価教育なるものが広まらなかったのは、ただ単に需要がなかっただけのこと。無理をしてまで広めることもないだろう。

2015-02-24

本尊は鏡か?

 譬えば闇鏡も磨きぬれば玉と見ゆるが如し、只今も一念無明の迷心は磨かざる鏡なり是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし、深く信心を発して日夜朝暮に又懈らず磨くべし何様にしてか磨くべき只南無妙法蓮華経と唱へたてまつるを是をみがくとは云うなり。(一生成仏抄)

 御義口伝に云く法華経に鏡の譬を説く事此の明文なり、六根清浄の人は瑠璃明鏡の如く三千世界を見ると云う経文なり、今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者は明鏡に万像を浮ぶるが如く知見するなり、此の明鏡とは法華経なり別しては宝塔品なり、又は我が一心の明鏡なり(御義口伝)

 御義口伝に云く法界に立て礼拝するなり法界とは広きに非ず狭きに非ず惣じて法とは諸法なり界とは境界なり、地獄界乃至仏界各各界を法る間不軽菩薩は不軽菩薩の界に法り上慢の四衆は四衆の界に法るなり、仍て法界が法界を礼拝するなり自他不二の礼拝なり、其の故は不軽菩薩の四衆を礼拝すれば上慢の四衆所具の仏性又不軽菩薩を礼拝するなり、鏡に向つて礼拝を成す時浮べる影又我を礼拝するなり云云。(御義口伝)

 日蓮遺文は創価学会版より引用した。いずれも真蹟はない。流麗かつ巧妙な文章である。続いて真蹟より引用する。

 夫れ天地は国の明鏡也。今此の国に天災地夭あり。知るべし、国主に失ありと云う事を。鏡にいかべたれば之を諍うべからず。国主小禍のある時は天鏡に小災見ゆ。今の大災は当に知るべし、大禍ありと云う事を。

 疑て云く いかにとして汝が流罪死罪等、過去の宿習としらむ。
 答て云く 銅鏡は色形を顕す。秦王験偽の鏡は現在の罪を顕す。仏法の鏡は過去の業因を現ず。

 日月は四天の明鏡也。諸天定まりて日蓮を知り給ふか。日月は十方世界の明鏡なり。諸仏定めて日蓮を知り給ふか。一分も之を疑ふべからず。

 あきらかなる鏡の物の色をうかぶるがごとし。

 問て曰く 出処既に之を聞く。観心之心、如何。
 答て曰く 観心とは我が己心を観じて十法界を見る。是れを観心と云う也。譬ば他人の六根を見ると雖も 未だ自面の六根を見ず自具の六根を知らず。明鏡に向う之時 始て自具の六根を見るが如し。設い諸経之中に所々に六道竝びに四聖を載すと雖も 法華経竝びに天台大師所述の摩訶止観等の明鏡を見ざれば 自具の十界百界千如一念三千を知らざる也。

 我が面を見る事は明鏡によるべし。国土の盛衰を計ることは仏鏡にはすぐべからず。

 今日蓮一代聖教の明鏡をもつて日本国を浮かべ見候に、此の鏡に浮んで候人々は国敵仏敵たる事疑ひなし。一代聖教の中に法華経は明鏡の中の神鏡なり。銅鏡等は人のかたちをばうかぶれども、いまだ心をばうかべず。法華経は人の形を浮かぶるのみならず、心をも浮かべ給へり。心を浮かぶるのみならず、先業をも未来をも鑑み給ふ事くもりなし。

 此の釈は日蓮が身に当たるのみならず、門下の明鏡也。謹んで習い伝えて未来の資糧とせよ。

 真蹟からは日蓮が法華経を明鏡に喩(たと)えていることがわかる。先に巧妙と書いたのは他でもない。法華経→本尊という変質があるためだ。プロパガンダの技術としては相当レベルが高い。高等戦術である。

 感覚器官(六根)を鏡に例えるのは認知科学的視座であり、仏教の先進性が窺える。

 単純に考えてみよう。思想は鏡だろうか? 違うね。ま、定規といったところだろう。ブッダは鏡だろうか? これも違うと思う。ブッダという存在は「窓」だ。これが本日の結論である。

 ブッダ自身は自分の教えを「筏」(いかだ)に譬(たと)えている。

2015-02-23

創業家

米ベインキャピタル、雪国まいたけにTOB 最大95億円

 米大手投資ファンドのベインキャピタルは23日午前、東京証券取引所第2部に上場する雪国まいたけにTOB(株式公開買い付け)を実施すると発表した。買い付け総額は最大で約95億円。ベインはTOB完了後に株式を非公開化。鈴木克郎会長兼社長ら現経営陣と協力して混乱が続く企業統治体制や事業を立て直し、数年後の株式再上場をねらう見通しだ。

 TOB価格は20日の終値(207円)を18%上回る1株あたり245円で、雪国まいたけが23日午後にも開く臨時取締役会で反対を決議しないことなどを条件に24日から開始する予定。過半数の株式取得をめざし、最大で全株を買い付ける。  雪国まいたけは現在、創業者の大平喜信元社長ら創業家が全体の約64%の株式を保有する。第四銀行やみずほ銀行など複数の取引銀行が創業家にも同社株を担保に融資しているが、業績悪化に伴う株価下落で担保の価値が減少。返済も滞っていることから、銀行団は23日付で担保権を実行してTOBに応じる意向だ。

 雪国まいたけはマイタケの大量生産方法を確立した大平元社長のリーダーシップで収益を拡大してきたが、2013年に過去の不適切な会計処理が発覚した。大平氏は責任を取って同年11月に辞任し、イオン出身の星名光男氏が社長に就任して経営体制を刷新した。

 だが大平元社長は14年6月の定時株主総会で株主権を行使し、星名氏を解任した。現在は次のトップに就いたホンダ出身の鈴木会長兼社長が事業の立て直しを進めているが、創業家は影響力の拡大をねらって3月末までの臨時株主総会の開催を計画。創業家は追加で複数の取締役を就任させたい意向で、鈴木氏ら現経営陣と対立している。

 東証は創業家が大株主として影響力を行使し続ける雪国まいたけの企業統治体制を問題視しており、このままでは上場廃止になる恐れもあるもよう。現状に危機感を強める現経営陣と銀行団は、すかいらーくなどの日本企業で再建実績があるベインと協力してファンド傘下で立て直しを図ることにした。

日本経済新聞 2015-02-23

 何となく創業家と池田家がダブったので紹介した。池田の子息二人からはさほど野心が感じられない。しかしながら、過去十数年にわたって明らかに「池田家」という位置づけが意図されてきた。一部地域では「関西婦人部が池田家を守るんだ」との池田オフレコ発言が伝えられたこともあった。ゆくゆくは池田の子息を天皇のように担ぎ出す輩も出ることだろう。

 次期会長候補として名前が上がっている谷川某は能力はあっても人望がない。東京下町で私よりも上の世代で彼を評価する幹部は一人もいないことだろう。師弟の精神など皆無だ。こんなのが会長になった暁には何が起こってもおかしくない。そうは言っても所詮、資産と権力を巡る攻防ではあるが。

2015-02-22

中野信子

 神社に参拝するシーンがあるのでたぶん創価学会員ではないだろう。下の動画は対談相手のレベルが低いため紹介しなくてもよかったのだが人となりがよくわかる。これほどのIQではないがよく似たタイプの女性を知っている。あまり近づきたくない(笑)。





脳科学からみた「祈り」正しい恨みの晴らし方 (ポプラ新書)

抑圧と憎悪




 ここが私と違うところだ。言いたいことを言えない。あるいは言っているつもりなのに上手く伝わらない。そこに心理的抑圧が生じる。「抑圧は消えない」とフロイトは指摘する。

 一般論を述べよう。創価学会の場合、「民衆のための組織」という建て前になっているので、より責任感の強い言動が勝つ。殆どの会員は個人的な感覚からものを言うから、幹部に丸め込まれるのだ。あとは合理性と気魄(きはく)の問題だ。

 後悔しながら学会活動をする人は多い。活動をやめた後でかつて活動していたことを後悔する人も多い。学会を去っても後悔する人も多い。みんな、後悔するのが好きなんだろーね(笑)。たぶん彼らはディズニーランドへ行っても後悔すると思うぞ。

 ヴィクトール・E・フランクルプリーモ・レーヴィはナチスのアウシュヴィッツ強制収容所に送り込まれても後悔することがなかった。戦後、シベリアに抑留された鹿野武一〈かの・ぶいち〉もまた同様である。いかなる暴力も彼らの精神を抑圧することはできなかった。

 今日は古谷さんの命日。たとえ親の命日を忘れたとしても私がこの日を忘れることはないだろう。もう18年も経つのか。大田区の病院へ飛んでいったのがまるで昨日のことのようだ。既に私は創価学会に対して完全に見切りをつけたが、私の過去がそれで色褪せることはない。だって面白かったからね。

 尚、私に抑圧された上級幹部諸兄に対しては少々心苦しく思っている。

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東西文化の交流―日本の思想〈1〉 (決定版 中村元選集)ユダヤ人カリカチュア―風刺画に描かれた「ユダヤ人」 (ポテンティア叢書)ほんとうの環境問題日本の歴史 本当は何がすごいのか (扶桑社文庫)