2014-08-23

安倍と石破の暗闘











2014-08-22

メモ

第三代会長の指名はなかった」とすれば以下のことが導かれる。

・小説『人間革命』における戸田と池田のやり取りの一部あるいは全部が創作の可能性がある。

・例えば水滸会での通訳の話や、大阪から帰京した際の「責任感が同じなら考えることも同じだな」など。

・『若き日の日記』に関してはかつてグラフ『SGI』の表紙に「清書する池田」の写真が掲載されたが、当時の日記が存在しない可能性が高い(原島嵩の証言あり)。

・第三代会長に石田次男を推す声も多かった(和泉覚の夫人ミヨ〈初代秘書部長〉など)。聖教新聞の初代編集長であり、青年部出身の初の支部長であることを踏まえると妥当な意見であったと思われる。

・『戸田城聖全集』の巻末に収録されている座談会を読む限りでは池田が後継者とは思えない。

・池田は戸田の大蔵商事で借金取りの仕事をさせられている。後継者にかような仕事をさせるであろうか? 池田自身もこのことを長年にわたって恨み続けていた(『社長会全記録 人間・池田大作の野望』に発言あり)。

・少人数の懇談会で池田が話してきた戸田とのエピソードは信用性に欠ける。戸田から譲り受けた刀の話(3.16前夜の出来事)は完全な嘘である。

集団的自衛権で紛糾した公明党vs創価学会

2014-08-21

「先輩からの手紙」に思うこと 10

先輩からの手紙
「先輩からの手紙」に思うこと 1
「先輩からの手紙」に思うこと 2
「先輩からの手紙」に思うこと 3
「先輩からの手紙」に思うこと 4
「先輩からの手紙」に思うこと 5
「先輩からの手紙」に思うこと 6
「先輩からの手紙」に思うこと 7
「先輩からの手紙」に思うこと 8
「先輩からの手紙」に思うこと 9
・「先輩からの手紙」に思うこと 10(最終回)

「人間の頭の持つバーチャル性というやっかいな能力」(先輩からの手紙 12)に関する研究を少し紹介しよう。

 科学的な見地としては、自由意思はおそらく“ない”だろうといわれています。

【『脳はなにかと言い訳する 人は幸せになるようにできていた!?』池谷裕二〈いけがや・ゆうじ〉(祥伝社、2006年/新潮文庫、2010年)】

 これはヒルの研究から判明した。我々が意思――あるいは意志――と認識するものは神経細胞の電気的な「ゆらぎ」でしかない。

 人が体験するのは、生の感覚データではなく、そのシミュレーションだ。感覚体験のシミュレーションとは、現実についての仮説だ。このシミュレーションを、人は経験している。物事自体を体験しているのではない。物事を感知するが、その感覚は経験しない。その感覚のシミュレーションを体験するのだ。
 この見解は、非常に意味深長な事柄を述べている。すなわち、人が直接体験するのは錯覚であり、錯覚は解釈されたデータをまるで生データであるかのように示す、というのだ。この錯覚こそが意識の核であり、解釈され、意味のある形で経験される世界だ。

【『ユーザーイリュージョン 意識という幻想』トール・ノーレットランダーシュ:柴田裕之訳(紀伊國屋書店、2002年)】

 ベンジャミン・リベットの研究によって意識が発生する0.5秒前から脳が作動(準備電位が観測される)していることが既にわかっている。トール・ノーレットランダーシュは我々の知覚情報を「利用者の錯覚(ユーザーイリュージョン)」と名づけた。

 動物と人間は、「確証バイアス」と学者が呼ぶものを、生まれつきもっていることがわかっている。ふたつの事柄が短時間のあいだに起こると、偶然ではなくて、最初の事柄が2番目の事柄を引き起こしたと信じるようにつくられているのだ。

【『動物感覚 アニマル・マインドを読み解く』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン:中尾ゆかり(NHK出版、2006年)】

 この確証バイアスこそが宗教の原型と考えてよかろう。ヒトの脳は科学的・数学的・合理的な因果よりも、物語としての因果を好む傾向が強い。

 心脳問題は意識の研究や認知科学によってかなり明らかになりつつある。功徳や罰などは確証バイアスの典型である。いったん物語に支配された脳は別の可能性を考えようともしなくなる。

 権力奪取とか、勢力拡大などというのは、考えてみれば幼稚な発想で、(中略)対立や勢力争いをしていたのでは修羅畜生の境涯でしかあり得ません。(同ページ)

 だがそれを広宣流布として門下に命じたのは日蓮その人であった。ただし印刷や通信がなかった時代ゆえ、日蓮の本意がコマーシャリズムやプロパガンダにあったと断定することはできない。

 公明党が政権与党入りしても王仏冥合は実現されなかった。この事実を直視しない創価学会員が多すぎやしないか?

宮田論文に関する覚え書き」以来の長文となったが、一気に書かなかったことを後悔している。我が故郷である北海道にこれほどの人物がいたことが誇らしい。北海道だと通教の石川さん(故人)やドクター部の萇崎(へござき)さんなどがユニークな幹部として思い浮かぶが、この先輩は別格である。ただし十数年前であれば私だって彼の話を理解できなかったことだろう。理解は一瞬のことであるが、そこに至るまでの時間が意外とかかるものだ。

 自分自身でつかんだ疑問を手放さないで深めてゆくことが大切だ。私の場合、自由を追求していって「師匠からの自由」「思想からの自由」にまで行き着いた。それから間もなくクリシュナムルティと出会った。グルイズムやイデオロギーが腑に落ちると二つの問題は呆気なく解決した。

 全創価学会員の遥か先を往く先輩は既に亡くなった。一度も会うことのなかった人物だが、私の人生に鮮やかな輪郭を描いて深い影を落とす不思議な存在となった。えぞしろくま氏に深く感謝申し上げます。

 尚、この先輩の遺稿集(非売品)が作られたようで、えぞしろくま氏のブログで紹介されている。

先輩からの手紙

橋本聖子が高橋大輔にセクハラ

2014-08-20

メンバーシップ型労働力


 というわけで、今まで散々聖教新聞社をブラック企業扱いしてきたが、私の認識が誤っていたため慎んで陳謝申し上げる次第である。尚、ログに関しては私の恥としてそのまま残しておく。上記記事を読む限りでは、聖教新聞社がブラック企業ということはなく、営利企業が聖教新聞社のような雇用形態(配達員に対して)をとればブラック企業ということになる。重ねてお詫び申し上げます。聖教新聞社はブラック企業ではなく一般的な普通の、その辺に転がっている宗教団体と一緒です。でもさ、普通の教団って、それだけでブラックなんだよね(笑)。

 聖教新聞社(せいきょうしんぶんしゃ)は、宗教法人創価学会の出版部門である。(中略)聖教新聞社は第三文明社とは違い株式会社などの法人格を取得しておらず、創価学会から分離独立はしていない。(Wikipedia

 一教団の出版部門が「新聞社」を名乗る是非については、もっと議論があってしかるべきだろう。

2014-08-19

橋下徹が朝日新聞の大罪に激怒

氷川きよしさん、元マネジャー殴るなどした疑いで書類送検へ

2014-08-17

戦争回顧の特番