2014-07-05

ダイナミック通販




 死ぬほど笑った。売り主を担当幹部、司会者を地元中心者、峰竜太と岡本夏生を地元幹部、スタジオにいる相槌同調者を婦人部とすれば、創価学会の座談会となる。売り主が専門用語で押し通し、罰論を振りかざすところまでそっくりだ。尚、ダイナミック通販はTBSの通販パロディ番組である。

B層とは

 2005年、広告会社スリードが郵政民営化の宣伝企画を受注した際、衆愚に分類するセグメント(対象)として【B層】を提唱。主に【IQの低い専業主婦、教育レベルの低い高齢者および若年者】を想定し、マスメディアを活用した扇動的な情報操作によって、構造改革へ向けた世論合意を目指した。スリード社は批判に対し、分析軸として使用した概念を一方的に解釈していると反論したが、企画書段階においてIQによる対象分類を行っていたことは否定しなかった。小泉改革以後も「【マスコミ報道に流されやすい低知能の大衆】」という概念として用いられるケースが多い。

【『独りファシズム つまり生命は資本に翻弄され続けるのか?』響堂雪乃〈きょうどう・ゆきの〉(ヒカルランド、2012年)】

「具体的なことはよくわからないが小泉純一郎のキャラクターを支持する層」(Wikipedia)がB層であるならば、「具体的なことはよくわからないが池田大作のキャラクターを支持する創価学会員」はB創と名づけてよさそうだ。彼女たちは日蓮やブッダにはさほど興味を抱いていないし、宗教全般に対しても無知を恥じることがない。その言動にはただ勢いがあるだけでマルチ商法の押し売りと酷似している。「祈れば幸せになる」と「服用すれば健康になる」はまったく同じ論理展開で、実際は論理ですらなくただの循環論法となっている。

 B層なる言葉を私は差別用語と誤解していたが、ターゲット・マーティングの対象であり、一言でいえば大衆消費社会におけるカモ(餌食)である。健全な批判や懐疑を欠いた精神は一本の電話詐欺にも騙されてしまう。

独りファシズム つまり生命は資本に翻弄され続けるのか?

2014-07-04

漢字の誕生



和歌山市在住の坂井弘一氏(元衆議院議員・元公明党副委員長・元公明党国会対策委員長)から憂国の情あふれる手紙をいただきました

 リンクは降順。随時追加する。坂井弘一〈さかい・ひろいち〉が森田実に宛てた手紙の数々。

森田実の言わねばならぬ 2014.7.1
森田実の言わねばならぬ 2014.6.30
森田実の言わねばならぬ 2014.6.28
森田実の言わねばならぬ 2014.6.21
森田実の言わねばならぬ 2014.6.19
森田実の言わねばならぬ 2014.5.24
森田実の言わねばならぬ 2014.5.22
森田実の言わねばならぬ 2014.5.8
森田実の言わねばならぬ 2014.4.18
森田実の言わねばならぬ 2014.4.10
森田実の言わねばならぬ 2014.4.4
森田実の言わねばならぬ 2014.4.1
森田実の言わねばならぬ 2014.3.25
森田実の言わねばならぬ 2014.3.19
森田実の言わねばならぬ 2014.3.15
森田実の言わねばならぬ 2014.3.5

公明、狂った目算


2014-07-03

呪いをこめて見ることを望むという

 望む、とは、ただ見ることとはちがう。呪(のろ)いをこめて見ることを望むという。望みとは、それゆえ、攻め取りたい欲望をいう。

【『楽毅』宮城谷昌光〈みやぎたに・まさみつ〉(新潮社、1997年/新潮文庫、2002年)】

 白川静によれば「祝」の字は後世に生まれたもので、もともと「呪」には「のろう」と「いわう」の二義があったという。3300年前に誕生した漢字そのものが呪的儀礼を形象化したものとされる。その頃、商の国では戦争の最前線に100人規模の巫女(みこ)を送り込んだ。彼女たちは目に隈取(くまど)りを施し、呪力を強めることで敵を威嚇した。

 文字のない時代における言葉はさほど重みがなかったことだろう。文字なくして概念の構築は難しい。自分の幼児期を振り返れば明らかだ。感情的な記憶はあっても思索の痕跡はない。

 望みは未来へ向けられるものだ。希望・願望といえば聞こえはいいが欲望の望とも重なる。希望を抱く人は現在に不足を感じる人であろう。その不足を埋めるために明日への望みを抱くのだ。

 仏教では将来(=まさにきたる)の語は使わない。飽くまでも未来(=いまだきたらず)である。将来を重んじれば早逝は不幸としか捉えることができない。人生とは現在がすべてだ。否、現在以外に人生は存在しない。満たされぬ欲望を希望に託すよりも、現在を十全に生きる人が仏弟子といえよう。

楽毅〈1〉 (新潮文庫)楽毅〈2〉 (新潮文庫)楽毅〈3〉 (新潮文庫)楽毅〈4〉 (新潮文庫)

宮城谷昌光

2014-07-01

「平和の党」の終焉~公明党・創価学会が抱える矛盾

解釈改憲を主導 記者排除も始めたヤラセ公明党の裏切り


2014-06-30

集団的自衛権を巡る公明党報道について

 公明党の一挙手一投足が日々報じられている。これほど注目が集まったことはちょっと記憶にない。私は二つの要素があると考える。一つは最後の平和の砦として踏ん張ってほしいという期待感である。そしてもう一つは「お前ら創価学会員が折伏する時に散々語ってきた世界平和って何だったんだ?」というクエスチョンである。この二つが同時に突きつけられている。

 宗教政党としての真価を発揮するなら、潔く連立離脱に舵を切ればよい。野党になったとしても政策ごとに是々非々で自民党に協力することは可能だろう。

 ところが飯島勲参与が政教分離規定の見直しに言及し、「政界の裏側では『もし、公明党が集団的自衛権に反対したら、アメリカが創価学会をカルト認定するらしい』という情報が流れはじめた」(日刊ゲンダイ)。そして矢野絢也を追い出した今、税務調査が入るようなことになれば対応できる人物が創価学会にはいない。

 というわけで公明党としては保守的な対応となることは避けようがない。そう。真の保守になったのだよ(笑)。