2014-06-21

集団の罠と虚偽の記憶





『Girl Rising ~私が決める、私の未来~』予告編


映画「Girl Rising ~私が決める、私の未来~」2/2より各地で順次上映中!|Because I am a Girl 世界の女の子たちに、生きていく力を 国際NGOプラン・ジャパン

2014-06-20

自民党都議連の汚い野次



いまや「意思表示もできない」創価学会・池田名誉会長! 公明党「集団的自衛権」容認にストップかけられず

J-CASTテレビウォッチ

2014-06-18

第三代会長の指名はなかった

(大講堂落成大法要。後に「広宣流布の模擬試験」あるいは「3.16」と称される)この儀式の後、先生の体がいよいよ衰弱されたため、原島宏治、小泉隆、辻武寿、柏原ヤス、馬場勝種ら理事たちと、池田・北条・森田・龍の4参謀が揃って戸田先生の枕元に行き、遺言を聞こうということになった。音頭を取ったのは辻、原島、小泉らで、この際はっきり池田を三代会長に指名してもらおうというハラづもりだったようだ。
 辻は「大久保彦左衛門」と渾名(あだな)され、どんな場面でも物怖(ものお)じせずにズバッと物を言う男だった。この時も、病の先生の枕辺(まくらべ)で、当然のような顔をして、「先生、三代会長は誰にするんですか」と単刀直入に尋ねた。ところが先生は、はっきりした声で「それは、お前達が決めるんだ」と答えられた。
 当然、「池田」という返事が返ってくると期待していた辻は驚き、もう一度同じことを聞いたが、返事は同じであった。(龍年光『池田創価学会を解散させよ』)

池田大作の実像:法蔵

 これは初耳だ。

日蓮正宗の敵 池田創価学会を解散させよ

創価学会の知られざる歴史「池石戦争」

中国大使、母校・創価大で講演のナゾ 公明党へのメッセージか?

ZAKZAK

2014-06-17

公明党が震え上がったエゲツない脅し

戸田城聖の女性関係

 夕張郡真谷地尋常小学校に奉職中には、複数の女性と恋愛し、「恋にもつれ、恋に狂いて、最も神聖なる教職を汚」(戸田『若き日の手記・獄中記』S45)した結果、その清算のために退職しなければならなかった。また戦前には三角関係を経験し(小口偉一編『新心理学講座 第4 宗教と信仰の心理学』)、当時も、戦前、彼の経営する会社の会計役であり、会員でもあった森重紀美子との関係をつづけ、彼女との間には子まであったようだ。森重は創価学会幹部間で公認されていた戸田の二号である(由比宏道『毒鼓の縁 破日蓮正宗創価学会』)。(溝口敦著『池田大作 「権力者」の構造』)

『若き日の手記・獄中記』は昭和45年に遺族が刊行(溝口敦著『池田大作「権力者」の構造』71頁)

戸田城聖の実像:法蔵

 小説『人間革命』の嘘が明らかだ。「池田さんは妾と私を同じ席に並べた」とは戸田夫人の言である。昭和から平成にかけての記念式典では牧口家・戸田家とともに必ず森重家が紹介されていた。子供は後に外郭企業の社長になったと私は聞いている。

若き日の手記・獄中記 (1971年)

なぜこれほど公明党はダメになってしまったのか

 そこには、公明党議員の変質ということも関係している。現在の公明党の議員は、太田昭宏氏を除いて、創価学会のなかで宗教活動を展開した経験をほとんどもっていない。学会員の家庭に生まれ、幼いときは活動をしていたかもしれないが、大人になってからは、弁護士や一般紙の新聞記者、あるいは『公明新聞』の記者などをしていて、学会活動はしていない。創価学会の特徴的な布教活動、「折伏」など、おそらく議員たちはしたことがないだろう。

 かつての創価学会員は、議員を含め、折伏によって鍛えられ、それで戦う力を身につけてきた。それが今の議員にはない。しかも、創価学会という強力な支持母体があり、選挙活動はみな学会員が担ってくれるので、自前で後援会を作るなど、支持者を広げる活動もしてない。公明党の議員は、まるでおぼっちゃんであり、お嬢ちゃんなのだ。戦う力は、他党の議員と比べてもはるかに劣る。

2014-06-16

小室直樹博士記念シンポジウム

 予想以上に面白かった。


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牧口常三郎と堀米泰栄

(昭和18年)牧口氏は所属寺院の歓喜寮主管堀米泰栄師と議論し、「もう貴僧の指導は受けない」と席を蹴(け)って退去し、本山宿坊理境坊住職の落合慈仁師とも別れ、牧口氏に率(ひき)いられる創価教育学会は茲(ここ)で日蓮正宗と縁が切れ、後に戸田氏が宗門に帰参してからも、学会は寺院を離れた独自の路線をとることになった(『畑毛日記』)

僧侶軽視、血脈軽視の独善体質:法蔵

 堀米泰栄は後の日淳。『畑毛日記』とは「直達講(講頭・三谷素啓氏、牧口氏も同講に所属していた)の副講頭であった竹尾清澄氏の著作」とのこと(『畑毛日記』)。知られざる歴史が次々と明るみに出る。

組織の論理