2014-03-08

「先輩からの手紙」に思うこと 2

先輩からの手紙
「先輩からの手紙」に思うこと 1
・「先輩からの手紙」に思うこと 2
「先輩からの手紙」に思うこと 3
「先輩からの手紙」に思うこと 4
「先輩からの手紙」に思うこと 5
「先輩からの手紙」に思うこと 6
「先輩からの手紙」に思うこと 7
「先輩からの手紙」に思うこと 8
「先輩からの手紙」に思うこと 9
「先輩からの手紙」に思うこと 10

 貴君の指摘されるように、脳科学、心理学は極めて有効だと思います。それ等の他にも、生物学の分野の最近の展開には目を見張るものがあります。(以下略)

 手紙の先輩が亡くなったのは1998年。私が初めてパソコンを買った年だ。この部分の記述は今となっては古い。1990年にパソコンが普及しはじめ、科学という科学が大股で前進した。21世紀に入ると出版界ではポピュラー・サイエンスが花開く。この流れはとどまることを知らず、現在においても加速している。

 脳科学は自由意志の問題に迫り、認知科学はバイアス(知覚の歪み)を明らかにし、社会心理学は権威に従うメカニズムを解き、行動経済学は人々の選択肢を操作可能なものへと変えた。ゲーデルの不完全性定理は神の絶対性を揺るがせ、ハイゼンベルクの不確定性原理が神の干渉を斥(しりぞ)ける。E=mc²の美しい数式で知られる相対性理論はアインシュタインの思惑を超えて宇宙が加速しながら膨張している事実を示した。アインシュタインは宇宙定数を付け加えることで静的宇宙の記述を試みたが、後に「生涯最大の過ちだった」と述べている。ところがこの宇宙定数がアインシュタインの死後、ダークエネルギーを証明するのに不可欠となるのである。またアインシュタインは「神はサイコロを振らない」と言って量子力学を忌み嫌った。しかしミクロ世界は確率としてしか捉えることができない。量子もつれは時間をも超越する。存在は非局所性となって宇宙に溶けだす。

 現在では、「生物学」よりも進化科学が進んでおり、「免疫学」は多田富雄で止まっているような感を受ける。これまた進化医学の方が面白い。「サル学」は立花隆の著作タイトル(『サル学の現在』)で、霊長類学を学ぶのであればフランス・ドゥ・ヴァールの方がよいと思う。河合隼雄については宮崎哲弥が「日本におけるスピリチュアリズムのドン(首領)」と指弾している。河合が研究したユング自身も問題を抱える人物であった。柳沢桂子の著作は多田富雄との往復書簡しか読んでいないためわからず。あまり読む気もしない。トランスパーソナル心理学はニューエイジ思想の影響が濃厚で学問たり得ない。

 西洋の学問で目立つのは脱キリスト教という方向性は正しいのだが、結果的にスピリチュアリズムというものが多い。ここをきちんと見分けないと、元々アニミズム志向の強い日本人はあっさりと受け入れてしまうことだろう。最低でも「WIRED」で紹介される毛色の変わったデタラメな記事の非科学性を見抜ける程度の知識は必要だ。

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2014-03-07

内なる悪と外なる悪


 3年余り前のツイートである。今はもっと前に進んでいるよ。「対話の可能性」に続く。

2014-03-06

「先輩からの手紙」に思うこと 1

先輩からの手紙
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「先輩からの手紙」に思うこと 10

 思うように時間が取れない。貧乏暇なしである。矢野絢也の著作についても書きたいのだが、既に1年以上も経過したままだ。誰か書いてくれないかな? そうしたら私が応じるから。ただし私と同世代でなければ矢野本を理解することは困難だ。関西で矢野にストーカー行為をした人物が書いてくれると一番助かるのだが。(※当ブログでは一般人を除いてすべて敬称は省略する)

「忙しい忙しい」といって心を亡ぼすわけにもいかない。本来であれば本家ブログで一日一書評を目指しているのだが、こちらにも「心が動いた」軌跡を不定期で綴ることにした。

 えぞしろくま氏は二つのブログで「先輩からの手紙」を紹介しているようだ。

ぷるぷるメモ
ガラガラポン日記 1
ガラガラポン日記 2
 ・『よくわかる仏法用語』抜粋転載のまとめ

 この人物が存命であれば、私は今直ぐ会いに行ったことだろう。飛行機代なんか全然惜しくない。今の段階ではそれほど尋ねたいことはないのだが、とにかくその息吹き、呼吸、生きざまに触れたかった。年が違うとはいえ、私よりも10年先んじている方だ。心の底からその死を惜しみ、悼(いた)むものである。

 時代の変化もさることながら、学会の中も、相当に一般活動家の中に不満がたまり、求心力を失い、崩壊を食い止めるのに精いっぱいのように見受けられます。

 1998年3月9日付の手紙である。当時、私はまったく気づかなかった。なぜなら私がいた地域は求心力が漲(みなぎ)っており、男子部として全国制覇の連覇を成し遂げていた渦中であったからだ。私が創価班の総区委員長になった頃である。壮年婦人にも勢いがあった。新聞啓蒙だと地区で世帯の50倍の結果を出しても総区で1位になることはできなかった。

 過去の折伏全国制覇10連覇における最後の世代が私の世代であった。卒業したOBからも「伝統の火を消すな」「流れを断つな」と個人的に散々含められた。「お前と○○がいれば大丈夫だ」とも。

 その後、八王子へ引っ越して平均的な組織の惨状を初めて知った。創価大学の職員が牛耳る八王子の幹部は宦官(かんがん)さながらであった。問題があっても見て見ぬ振りを決め込み、とにかく婦人部と波風を立てないことが活動の主流となっていた。連絡はしても個人指導・家庭指導が行われることはなく、煙たい人物がいれば村八分を行うという体たらくであった。

 そこそこ実行力のある私が動いても、解決までに数年を要するほど悲惨を極めた。副会長や方面長と談合しながら進めてもそれほどの時間がかかった。それまでに私はたぶん数十人の幹部に罵声を浴びせている。某副会長も含めて。

 その間隙を縫ってメールのみで個人折伏を成し遂げ、全国および海外の創価学会員から寄せられた相談に一つ一つ手を打っていった。私の手が届かない問題は学会本部を動かして対応した。やり残したことは一つもない。すべてケリはつけた。その程度の訓練は受けている。

 手紙の先輩が凄いところは、私がクリシュナムルティを通して理解し得たことを、仏法そのものから探り当てた一点にある。

人間らしさとは何か?


2014-03-04

似たもの同士



 日蓮系で揉め事が多いのは日蓮の怒りに由来するものだと私は考える。

怒りの終焉/『怒らないこと2 役立つ初期仏教法話11』アルボムッレ・スマナサーラ

朝日・毎日への反論(6) 河野談話の正当性が崩れた石原証言に見解を示さないのはなぜか


産経新聞:「慰安婦」問題

2014-03-03

げたの雪

 踏まれても どこまでもついて行く げたの雪。こんな永田町川柳がある。どんなに踏んづけられても、げたの歯の間にはさまった雪のようにしつこく離れない。ということだが、最後は解けてなくなってしまう、との怖いオチもついている▲自民党と連立を組んだ政党の与党・権力への執着とその末路を皮肉る秀句である。

余録/毎日新聞 2014-03-03

 創価学会員の投票が自民党議員を強力に支えているのだから、もう「下駄の歯」になったと考えてよかろう。歩けば歩くほどすり減るわけだが。