2013-04-13

イラク戦争から10年 発生率14% 増加する先天異常


イラク戦争から10年 発生率14% 増加する先天異常 投稿者 tvpickup

過去の栄光や過去の経験則

全人類が出家すべきだ


僧侶は必要か否か?

2013-04-12

言葉は真理に非ず


 言葉の本質は翻訳機能にある。言葉というシグナル――あるいはシンボル――を双方が手繰り寄せながらコミュニケーションは成り立つ。つまり言葉は手段なのだ。それを不変の教義に仕立てあげたところに啓典宗教の欺瞞がある。日蓮が経典を重視したのは、印刷技術のない時代において法論(=対話)の土壌をつくるためであったと思われる。

宗教には啓典宗教とそれ以外の宗教がある/『日本人のための宗教原論 あなたを宗教はどう助けてくれるのか』小室直樹

2013-04-11

「信念をもっている限り体験は無意味」である

 河童ーかわわっぱーで紹介してもらったのでリンクしておく。

「信念をもっている限り体験は無意味」である

 ・体験談

理論は人格と必ずしも分離していない

 宮田幸一のホームページが更新された。せっかくなんで少し覚え書きを残しておく。

研究雑感 東洋哲学研究所所報第3号 1989

 さて哲学においては真理の探求という大義名分のもとで、いかなる哲学者の学説に対しても、その学説が真理である根拠とは何かと問うことが許されている。プラトンは師ソクラテスの説の不十分性を自覚していたから、イデア論を構想したし、アリストテレスはまた師プラトンのイデア論の不十分性を、様々な分析において示している。理論はそれを主張した哲学者の人格的評価とは別の運命をたどることになる。ところが哲学と同じような人間の営みの一種である宗教の場合は事情が多少異なっているように理解されているようだ。つまり理論は人格と必ずしも分離していないのである。それは宗教が人格的救済を存在理由の一つにしており、特に創唱宗教の場合は、創唱者の思想は創唱者自身の人格において実現され、その人格がモデルになるからであろう。したがって創唱宗教の場合は創唱者の思想は絶対視され、その思想にいかなる根拠があるのかと問うことは、その創唱者に由来する教団においては、創唱者への人格的冒涜であると見なされやすい。

 ま、人本尊の問題といってよい。本尊の意味も改定する必要があろう。「【私が】根本的に尊敬する対象」で構わない。例えば私はクリシュナムルティを尊敬している。ブッダと同じレベルの尊敬だ。通常であれば、まず最初にクリシュナムルティという人格への傾倒がある。次に彼を彼たらしめている思想を私が生きるために理論化を試みる。これが人法の基本的な考えである。

 極端に抽象化してしまえば人も法も情報である。人とナリ、あるいは思想を第三者に伝えるものは「言葉」である。とすれば人も法も言葉であり、これすなわち情報である。

 人も法も【解釈された情報】であり、あなたが考える日蓮と私が考える日蓮は別人である。そもそも共通する一つの世界が目の前にあるわけではない。世界とは【私が】五官によって感受し得る情報にすぎないからだ。つまり世界といっても解釈された情報であり、もっといえば我々が生きるのは「【私による】解釈世界」なのだ。

 我々はみな、ひとりひとりが、自分が自分のあり方として想像したもの、そして相手から想像されたものとして存在している。

【『ジェノサイドの丘 ルワンダ虐殺の隠された真実』フィリップ・ゴーレイヴィッチ:柳下毅一郎〈やなした・きいちろう〉訳(WAVE出版、2003年/新装版、2011年)】

 創価学会第二代会長の戸田城聖は教員時代にこれを教えようとして「犬の欲しい者はいるか?」と児童に呼びかけ、その後で黒板に「犬」という文字を書き「欲しい者は持っていきなさい」と語った。小学生に抽象概念を教えようとする試みが素晴らしい。

 私が見る赤とあなたが見る赤は色が異なっている。こうした事実も既に認知科学で明らかになっている。

 人それぞれに解釈があるわけだから、教義にまつわる解釈問題などケリがつくはずもない。皆が自分の正当化を欲しているだけのことだ。

 宮田の言わんとするところは理解できる。ただ、そのような改革を積み重ねたところで宗教的真実に近づくことはできないだろう。やはり反逆するのが最も近道だ(笑)。

 遠慮なくものをいうことは、一つの知的義務である。

【『思想の自由の歴史』J・B・ビュァリ:森島恒雄訳(岩波新書、1951年)】

 私としては鎌倉時代の教えをそのまま信じることの方がはるかに問題だと思えてならない。日蓮の言葉にブッダの初期経典ほどの普遍性はない。文句がある奴は日蓮の思想を一言でいってみせろや。結局のところ、「何も考えずに御本尊を拝め」みたいな展開になってしまう。

 あらゆる宗教がキリスト教と同じ轍(てつ)を踏んでいる。そこに宗教の本質があるのだろう。

 完全性を求めるのは自分の不完全さを補うためである。少しばかり不完全であったとしても自分の余剰で補えばいいだけのことだ。

自由とは良心に基づいた理性/『思想の自由の歴史』J・B・ビュァリ

思想の自由の歴史 (岩波新書)

2013-04-10

チリのアジェンデ政権とCIA工作

ピノチェト政権






サルバドール・アジェンデ


『禁じられた歌 ビクトル・ハラはなぜ死んだか』八木啓代〈やぎ・のぶよ〉





【帝国アメリカと中南米】ラテンアメリカに敵対するアメリカ帝国とCIA【第一部】
【帝国アメリカと中南米】ラテンアメリカに敵対するアメリカ帝国とCIA【第三部】


経済侵略の尖兵/『エコノミック・ヒットマン 途上国を食い物にするアメリカ』ジョン・パーキンス



 そのアメリカと闘い抜いたのがウゴ・チャベスであった。

パトリシオ・エイルウィン
キッシンジャー

CIA秘録〈上〉―その誕生から今日まで (文春文庫) CIA秘録〈下〉―その誕生から今日まで (文春文庫)

2013-04-09

人の言葉に従う


自己の変容 新装版 自己の変容 クリシュナムルティ対話録
(※左が新装版、右が旧版)

 自由がなければ創造することができない。

組織宗教からは模倣人間しか育たない

2013-04-08

軍歌には国威発揚のための単調かつ一方的な響きしかない


比企尼(ひきのあま)

 比企尼(ひきのあま、生没年不詳)は、平安時代末期の女性。武蔵国比企郡の代官で、藤原秀郷の流れを汲む一族である比企掃部允の妻。源頼朝の乳母。実名・父母は不明。(Wikipedia

【比企能員】〈ひき・よしかず〉源頼朝の乳母である比企尼の甥で、のちに養子となる。
 比企尼の縁から鎌倉幕府二代将軍・源頼家の乳母父となり、娘の若狭局が頼家の側室となって嫡子一幡を産んだ事から権勢を強めたが、能員の台頭を恐れた北条時政との対立により比企能員の変(比企の乱)が起こり、比企一族は滅亡した。(Wikipedia

【比企能本】〈ひき・よしもと〉建仁元年(1202年-?)は、鎌倉時代前期の僧。比企能員の末子。法名は日学妙本。比企大学三郎能本。
 建仁3年(1203年)、鎌倉幕府における比企氏と北条氏の対立による比企能員の変で父能員と一族が滅ぼされるが、能員の妻妾と2歳の男子は助命され、和田義盛に預けられたのちに安房国へ配流となった(『吾妻鏡』)。(Wikipedia

比企氏
比企大学三郎能本

2013-04-07

ピノチェト政権



アウグスト・ピノチェト
チリ・クーデター
サルバドール・アジェンデ
チリのアジェンデ政権とCIA工作

禁じられた歌 ビクトル・ハラはなぜ死んだか